風景にも人格がある

彫刻家 伊東 敏光さん
建物や日用品に新たな命を吹き込む彫刻家・伊東敏光さん。地域に滞在し、歴史や風土をリサーチしながら大型作品を制作してきました。1994年から2025年3月まで広島市立大学で教鞭をとり、アートプロジェクトのディレクターとしても活躍。現在は同大学の有志と挑んだ《ナップヴィナス》が話題に。今回、伊東さんに彫刻家としての思いやアートと地域の関わりについてコメントをいただきました。
彫刻との出会い
―― アーティストを志すようになったきっかけを教えてください。
元来、絵を描くことや工作が好きでした。小学校で大型のトーテムポールを皆で作った時の楽しさと、丸太を削った感覚は今でも心に残っています。美大を志してからは、ヘンリー・ムーアやイサム・ノグチの創り出す彫刻空間に憧れを抱くようになりました。
―― 現在の作風に至るまでに、影響を受けたものや転機となった活動はありますか?
芸大時代に影響を受けたのは1960年代後半にイタリアで興った美術運動「アルテ・ポーベラ(日本語訳は貧しい芸術)」です。日常的で質素な素材を組み合わせることによって生み出される作品の物質美と親和性に引き込まれました。
自身の活動の一つの転機となったのは、新設された広島市立大学芸術学部に赴任後の1995年から数年にわたり、先輩教員と共に実施した「都市の成熟と芸術の役割―歴史的建造物と芸術の共振展」という広島の歴史的建造物を会場とした展覧会の開催です。建物の空間と素材に残された痕跡をたどりながら、新たな作品を創り出すことの喜びを知るきっかけとなりました。
―― 創作活動にあたり、アーティストとして一番大切にしていること(信念)は何ですか?
彫刻家として、作品の材料となるそれぞれの素材と向き合い、素材の持つ特性と個性を尊重しながら作品を制作することを大切にしています。私が好んで作品に使用する家屋や家具の廃材(古材)には、それぞれ別の用途で使われていた歴史があります。その時間の蓄積を含めて芸術作品として再生することを心掛けています。


彫刻=文化活動が与えるもの
―― 学生と共同で数々のアート作品を制作してこられましたが、学生から学んだことや印象に残っていることはありますか?
学生達は地方で制作する際にも、住民の方々からの情報やその土地の環境を新鮮な驚きを持って受け入れることの出来る柔軟さを持っています。そして共に制作していく時間の中で日々美術家としても人間としても成長して行きます。その許容能力と成長の速さに驚くことも多く、また同時に大変羨ましく感じます。
―― 地域社会においてアートはどんな役割を果たしていると思いますか?
また、これからのアートの役割や取り組んでみたいことについて教えてください。
地域社会も私達個人も成長と劣化を繰り返しています。劣化を食い止め再生するためには、新たな価値の創出が必要であると思います。芸術には、政治や経済を含めた常識に縛られずに新しい価値を生み出すことのできるフィールドがあり、地域社会が培ってきた風土や慣習を再発見し、再生させる力があると感じています。
―― 最後にお聞きします。
あなたにとってアートとは?
次第に敏感さを失い、新鮮に外界を見ることが出来なくなる自分自身を再生に導く手段。 そして何より造ることが楽しい。



彫刻の世界にもっと触れてみたい方へ
・彫刻が分かる!伊東先生のおすすめの場所
・伊東先生の今後の活動紹介
日付 | イベント名 | HP |
---|---|---|
2025年 8月1日〜 8月31日 2025年 10月3日〜11月9日 | 瀬戸内国際芸術祭2025 | https://setouchi-artfest.jp |
2025年 9月下旬〜11月下旬 | 千葉国際芸術祭2025 | https://artstriennale.city.chiba.jp |
彫刻家。1959年千葉県生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。アメリカ・ペンシルバニア大学芸術学部大学院にて文化庁新進芸術家在外研修。現在、広島市立大学芸術学部名誉教授。近年は「風景彫刻」を制作の主題とし、体験的風景の記憶を彫刻表現するための空間認識と制作方法を追求している。作品としては、厳島神社や弥山を有する宮島を鼠の姿と重ねた「宮島鼠」や、アメリカでの二週間の旅の記憶を飛行機のフォルムに乗せた「AA60」等がある。
2015 「LA ART SHOW」ロサンゼルス コンベンション センター(アメリカ)
2014 「拡張する地平/日中国際交流展」53美術館(中国)
2011〜2015「対馬アートファンタジア2015(14,13,12,11)」対馬市各所(長崎)