【ひろしまブンカノート #1】アーティスト・イタイミナコさん
呉市の川尻でレジデンス中のイタイさんを訪ねました
広島県各地の文化について、取材を通して記録していく「ひろしまブンカノート」。
第1回目は、アーティストのイタイミナコさん(以下、イタイさん)をご紹介します。
イタイさんは、広島市中区にある市営基町高層アパート(基町アパート)に暮らしながら、住民の方々との交流や、アパートの地下倉庫に眠る物などを自身の表現活動へと繋げています。
今回は、住むことと表現が密接に結びついているイタイさんに、これまでの活動や作品に込めた想い、イタイさんにとってのアートについてお聞きしました。
(取材・文/藤田えりか)
1.「ブンカケン」のはじまり
―イタイさんが基町アパートに住み始められたのは2019年からで、翌年には「基町文化研」(2020年)を開催されていますね。壁一面に住民の方が撮影した写真が貼られたり、昔の獅子舞が展示されたり。作品を見せるだけではない場づくりをされたようですが、開催のきっかけは何だったのでしょうか?その後につづく「ブンカケン」の始まりでもありますよね。

イタイミナコ(以下、イタイ):
きっかけは、基町をテーマにしたグループ展(2018年)でのワークショップでした。そのグループ展に向けて、私が基町を撮りたくて“レンズ付きフィルム”を持ち歩いていたときに、基町地域の住民の方が参加していたラジオ体操を見学しました。そのとき、ラジオ体操に参加していた皆さんが「あそこに行ったら面白いものが見られるよ」など、1日じゃ受け止めきれないくらいの情報を教えてくれました。
そこで、いっそのこと私の“レンズ付きフィルム”を皆さんに渡して撮ってきてもらおう!と思ったことから、その発案をワークショップとして行いました。
そして、集まった写真を壁に飾るのではなく、机に並べて「触れる資料」のような状態にしました。会場に来た人が写真を手に取って触りながら、「あぁ、そういえば」と、何かを思い出す瞬間に立ち会ったとき、これはすごいなと。その体験を本格的な展示に繋げたいと企画したのが「基町文化研」でした。

―基町以降は、広島の三原・横川・宮内、鹿児島の硫黄島や香川の小豆島など、各地でカタカナの「ブンカケン」として活動を広げられています。この名前にはどのような意味が込められていますか?
イタイ:
「文化圏内」、「文化研究」、それから「仮設研究所」みたいな言葉の組み合わせです。「かせつ」は建築の「仮設壁」の“仮設”でもあるし、本当かどうかわからない“仮説”でもある。そういう虚実がわからないものでも、とりあえず貯めておける場所にしたくて「ブンカケン」と名付けました。
2. 一時的ではない関係性ができること
―いろいろな地域で「ブンカケン」を続けてきて、どのようなところに面白さを感じていますか?
イタイ:
数を重ねることで、地域の違いが客観的に見えてくるのが面白いです。あと、活動の構造にも面白い点があります。
カメラを渡すために会いに行く、次に現像し、最後は展示のときに「これは何ですか?」と、話をもう一度聞きに行く(または会場で聞く)。つまり、1つのプロジェクトで最低3回は同じ人に会うことになります。3回会うと結構仲良くなりまして(笑)。その場限りの一時的な関係ではなくなります。
―3回会うというプロセスが、関係性を深める仕組みになっているのですね。
イタイ:
そうですね。仲良くなると、「そういえばあの地区の人がこんなことを言っていたよ」「あの地域のあの人を呼べるかも?」みたいに、「ブンカケン」をした地域で出会った人を、別の「ブンカケン」をする地域の人に紹介することもありますね。
3. アートの場だからこそつかめる「物の気配」
―「ブンカケン」は、地域のアーカイブ活動ともみえますが、アートと感じられるところはどこでしょうか?
イタイ:
言葉や文字のように視覚的な情報だけではつかめない「物の気配」を扱えるところ、でしょうか。「ブンカケン」の場所に置いてあるモノや写真は、触った瞬間に「あっ」となる起爆剤のような力があります。その場を作ることで、見に来てくれた人の記憶装置が反応するようで、その、ひらめく瞬間を私自身が面白いと感じています。そして、ひらめいた人たちで井戸端会議が始まることもあれば、外から来た人に「これはね」と語り出すこともある。そうした、人の思い出に作用して何かを思い出すような場所を作ることが、私の表現ではないかと思います。
ー「触る」という行為が、記憶を呼び起こすきっかけに?
イタイ:
はい、手の感覚を通じて、ズキンと何かを感じて思い出す操作になっていると思います。最近、秋田で出会った方から、手の感覚から起きる現象を「手取り(てどり)」と呼ぶことを教わりました。その方は、見ただけでは分からない民具でも、手で触ると用途や意味が理解できるそうです。そのような、触覚から記憶が立ち上がる感覚、いわゆる「物の気配」や「手取り」というテーマを、近年の制作でもっと深めていきたいと考えています。
4. 「憑依(ひょうい)パフォーマンス」について
―イタイさんは、出会った人から聞いた話を、その人の様子を自身に憑依させて語り直す「憑依パフォーマンス」も行われていますよね。パフォーマンスが生まれたきっかけを教えてください。
イタイ:
きっかけは、広島の川沿いのベンチで出会った人たちの話を聞いていたときでした。話を聞いた人たちが、カメラを向けた途端に、何かに憑依されたかのような感覚で(相手が)語りだす様子が、どういうことだろうと考え始めたことから、その様子をそのままパフォーマンスしたことが始まりです。振り返ると、パフォーマンスが始まるときはモノに触れるような動作からスタートしていることが多いです。これも「ブンカケン」と同じで、物から立ち上がる気配を察知しようとする人の様子を、パフォーマンスを通じて表現していると言えるかもしれません。

―「憑依パフォーマンス」を通じて、どのようなことを感じてほしいですか?
イタイ:
私は子供の頃から、自分が衝撃を受けた話を他人にも同じ衝撃で感じて欲しくて、話を盛ってしゃべっていました(笑)。でも、話を盛ると怒られたので、「どうすれば同じ温度感がそのまま伝わるだろう」と考えたときに、「話してくれた人になりきって話すと、伝わるかも」と。
だから、私がその人から受けた感動や衝撃、その温度感のまま、見ている人にも受け取ってほしい。私の「めちゃくちゃ面白いと思ったんだよ!」っていう感情を、そのまま共有したいという気持ちが一番大きいですね。
5. 記憶の居場所をアートでつくる
―2022年には基町アパートの自治会長になられたそうですね。そこから基町アパートの地下倉庫の整理が、美術館での作品発表へと繋がっていったと伺いました。
イタイ:
自治会長になって地下倉庫を管理することになりました。そこには埃(ほこり)をかぶった古い資料や過去のお祭り道具などがありました。それらを見ているうちに、誰かが言わないと途切れてしまう地域の繋がりや物語を感じ始めました。そして、どうしたら手放しづらいものを手放しつつ、記憶を未来へ繋ぐかを考えたことが作品に発展しました。
―地下倉庫の物が作品として展示されたとき、住民の皆さんの反応はいかがでしたか?
イタイ:
展示を見た住民の方たちが、過去を思い出して「みんなすごかったな」って自身を肯定する様子を見たとき、すごく嬉しかったです。
時代の流れなどで、忘れ去られたり、なくなりそうな地域の人がつくってきた歴史や記憶を残す居場所にアートは成り得るのではないでしょうか。


2025年の作品《慎太郎も存在してるしあの犬も存在してる》の展示風景とパフォーマンスをしている様子(広島市現代美術館)写真:YASUMASA ODA
6. アートは社会と繋がるための「ライフハック」
―最後に、イタイさんにとって「アート(表現活動)」とは何でしょうか?
イタイ:
私のアートの原点は「生きていくための術」です。
実は小学校4年生くらいの頃、人と上手く話せなくて、コミュニケーションの練習をしていた時期がありました。そのときの先生に「まず人に興味を持つことから始めなさい。興味を持つ動作は、その人の絵を描くことでも、彫刻を作ることでも、何でもいいよ」と言われて。
その中で、自分に一番しっくりきたのが、人の絵を描いたり、彫刻を作ることでした。
上手く社会参加できなかった自分に、チャンスをくれるもの。社会に馴染むための「ライフハック」※として始まったものが、今の活動の原点にあります。
だからこそ、私が地域の人や物に出会って感じた「おもしろい!」という感覚を、どうしたら同じように伝えられるか、どうしたら私と同じ感覚になってもらえるか、それを突き詰めるために、今もずっと物を作ったり、場を作っていると思います。
※ライフハック(英:Life Hack)・・・IT業界で使われていた造語が転じて、日常生活や仕事で役に立つ知恵のことを指す言葉
プロフィール
福岡県出身、広島市在住。広島市立大学大学院芸術学研究科博士前期課程修了。自身が暮らす市営基町高層アパートの自治会長を務めながら、地域の文化や風土を地域住民との交流を通して集めていく「ブンカケン」活動など、地域との関わりを独自の表現活動に展開している。また、HACH(Hiroshima Arts&City Hive/広島芸術都市ハイヴ)(2022年)や宮島芸術祭(2025年)の運営に関わり、アートと地域社会をつなぐアート・メディエイター(仲介役)としても活動してきた。近年は、自治会長として管理する同アパートの地下倉庫に着目し、他機関と連携を進めながら作品制作に繋げている。
主な活動歴
【受賞歴】「Hiroshima MoCA FIVE 25/26」特別審査員賞、令和7年度広島文化新人賞
【個展】2020年「基町文化研」オルタナティブスペースコア(広島)
【グループ展】2025年「Hiroshima MoCA FIVE 25/26」広島市現代美術館、2025年「KIT Miyauchi 01」アートギャラリーミヤウチ(広島)、2023年「みしまARTログ『Oozing point-滲み出る地点-』」旧硫黄島出張所ほか(鹿児島)
これからの活動
2026年7月4日~7月6日(イベント)「芸ノ口AIR 〜アーティスト・イン・レジデンス〜OPENイベント」旧中野醸造本舗(広島)
https://www.instagram.com/geinoro_air/
2026年7月25日~8月23日(グループ展)「蒐集がアートになるとき」京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(京都)
https://gallery.kcua.ac.jp/archives/2026/15097/
取材・文 藤田えりか
広島県在住、広島市立大学芸術学研究科博士前期課程修了。2023年よりアートギャラリーミヤウチに学芸員として所属し、児童を対象にした企画展などを担当。最近はアーカイブとアーカイブされた情報の活用に関心を持ちながら活動中。